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雑学

ルイボスティの母と呼ばれる女性が死去

ルイボスティの母と呼ばれる南アフリカの女性、Dr Annique (Annekie) Theron (アニーク・セロン、A.セロン)が86歳で亡くなった、というニュースを発見しました。

ソースはこちら

今回はこのニュースについて簡単にまとめてみようと思います。

 

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アニーク・セロンとは

アニークセロンは、南アフリカの女性で、Annique Beauty Salon and Day Spa の設立者です。
彼女の発見が、ルイボスティの今日の知名度を築いたといっても過言ではありません。
彼女の発見以前は、ルイボスティは何となく健康に良さそうだ、ぐらいの認知しかありませんでした。
彼女があることを発見したことによって、ルイボスティの効能が研究され、多くの人に健康をもたらしました。
それでは、彼女の発見とは何だったのでしょうか?

アニーク・セロンの発見

1968年、アニークには14ヶ月になる娘ロリンダがいました。

ロリンダは乳児疝痛(いわゆる黄昏泣き、特別な理由もないのに激しく泣き続けること)が激しく、何を食べてもすぐに吐き出してしまいます。

 

1968年の4月8日、アニークはロリンダにルイボスティを入りの温かいミルクをあげました。

(これは意図的にというよりは偶然、という感じだったようで、アニークはミルクをあげてしまったこと後悔していたようです。)

するとどうでしょう。これまでは30分以上寝てくれたことがなかったロリンダが、3時間以上寝続けてくれるではありませんか!

しかも次の日、ロリンダが食べ物を吐き出さなくなっていることに気づきました。

 

アニークは、ルイボスティー入りのミルクがロリンダの症状を改善させたことを確信しました。

 

これが、ルイボスティに関するアニークの世界的な発見です。

 

ルイボスティの効果を世に広める決心をしたアニークの功績もあり、その後たくさんの研究がなされ、数多くのアレルギー症状から人々を救ったとされています。

 

まとめ

今回は、ルイボスティの母アニークセロンの死去のニュースにちなんで、彼女の功績についてご紹介しました。

日本でも親しまれているルイボスティですが、このような女性の発見があったことも頭の片隅に思い浮かべながら飲まれてはいかがでしょうか。

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